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時の流れと大地の足と

レーザービームな私はいつも
充電までに時間がかかる。

自分のなかのいくつもの化学反応をぼうっと眺めているのは、自分自身で。

濁った水の中で一際輝くあの姿は自分の中にいるのかしらと探してみる。

執着とこだわりの狭間を、行ったり来たり。

真面目にやる気がないだけなのか、思考だけは一人前未満。むしろ行動は人並み以上なところもあり。

ところにより、雨。
ところにより、快晴。

なるべくなら、世界を濁らせない→輝かせられるように活きたいわけで。

自分の未熟な部分と無作法な部分を、訓練によって、少しずつでもよくしていきたいわけで。

いろいろなことをちょっとずつたくさん試すより、未熟な私は一つのことを一つずつ確実に実行することしか今はできなくてもいい。

一つのことに注力し、集中し続けることを習慣にできれば、ひたむきに何か成果を表明するでもなく、やり切ることを積み重ねていけば、そうして多忙を言い訳に人と会うことを止めなければ。

私の未来に黄金色の果実を実らせられる。

種を蒔いて、育てることをしなければ、いい収穫物はけして大地には実らないのだから。

集中し続ける

人と会い続ける

その腹に括った覚悟と人に対する誠意が、今の私を成長させることにつながるわけで。

まずは一歩。

とにかく一歩。

順調な滑り出しでなくてもよくて、きっとまた何かを感じ、来てくれる人がいることを願って。

愚直でも真摯に。

レーザービームの如く。



毎日、何か大地に残る日々を生きようか。

ようやく、決めた

私は、ずっと職人気質な人間に対して憧れを抱いてきたし、将来絶対にそうなりたいと強く思っていた。

その一方で、

のんびりなつなぎ屋として
楽しく在る自分が居る。


今の立場としては、就活もしててフラフラもしてるから、どちらにでも行くことができて、どの場所でもそこそこはやっていけるだろう。

ただ、「そこそこ満足」って場所に留まり続けるかぎり、自分がなりたいと願ったものには、きっと一生なれない。

かなりの人生の貴重な時間と感受性を対価にして、そうしてまで頑張って一体何を得たいのか。

ストレートで本質的な部分は、私の人生においてどこにあるのか?

一生辛くて、歯を食いしばって、ストイックに何かを目指し続けて辿り着けない人生か?

一生楽しく、ワクワクしながらキラキラ輝いて、沢山の人を笑顔にして輝かせる人生か?

どちらにもチャレンジはある。
冒険には必ず障害も登場する。

無難な冒険と、創造的な冒険、どっちを選ぶ?

覚悟を決めてしまえば、あとはただひたすらにシンプルな事。

私の潜在的な意識はとっくに答え知っているのに現実の私が今の私に許可を出していないだけなんだ。

おばあちゃんになっても一生変わらない事といえば、無理をしないで、楽々、楽しく穏やかに輝く日々を送ることだけだから。

私の選択の日々が、私の唯一無二の価値を創り、拡げていく。


私の人生が、私の成果。


その意志が、現実を塗り替える。

その決断が、人生の質を高める。

その覚悟が、ターニングポイント。

誰かに対して、引け目や負い目もなく、否定や拒絶すら超えて、感謝と覚悟だけを持って。

ただありのままに。

スタートボタンなら、何度でも押していこう。

在り方ひとつ

結構、世界は私やみんなに笑いかけてくれる。

宇宙の喜怒哀楽とか顔色見る必要ないよ。

たくさんの人が問題を複雑に、難しくしているけれど、これからも世界はシンプルにまとまっていくと思う。

建物の構造もそうだ。

柱一本きちんと建てるだけで壊れにくい家ができる。

柱一本適当にするだけで、どうしようもない事が起こる。

複雑を超えたシンプルがそこにある。

言いたいことは色々あるけど、それも含めて味わって、向き合うことに決めた。


在り方ひとつ。

生き方ムゲン。

覚悟するのは私。



紅い月 紅い蛇

私のマヤの守護神なんだって。

2012年(変革の年)までもう少しだ。

そんな世界

世界が世界であるいいところは、何が起きようと、どんな気持ちだろうと、世界はただひたすら世界でいてくれるという所だ。

路上で配られる薄く溶けやすい紙きれ数枚でも人は笑顔になれる。

最小限のエネルギーで、最大限の幸福を手に入れる。


そんな世界は、なんかすごいぞ。

世界、豊富に取り揃えております。

本当は、こうなりたいなあ。

とか、こうしたいなあ。

と思うことが沢山ある。


寂しがりやの一人好き。

軸がないままフラフラと。

いくつもの生きる術を取り落としてきたのかなあ、と思う反面、まだ子供の心を持っていたいとも思う。

なんか、アンバランス。

子供>大人

イルカと泳ぎたい、じゃなくイルカとお風呂に入りたいと言える人になりたい。


まだまだ世界に確信できなくて、取り落としながら進むだろうけど、まだまだ世界を素晴らしいと信用していいんだと思う。

現実は厳しいと、そんなふうには、聞かされて育っていない。

現実のシステムを把握してコミュニケートする力と、沢山の驚きの出会いと、ほんの少しの工夫をするだけ。

取り落としても、取り揃えられるだけの時間はまだある。

人と出会い、人に感謝し、人に優しく、人を信じて、まっとうに生きたいから。

知ってるか、知らないかじゃなく、できてるか、できてないかで人を判断できるようになりたい。

こうやって文章にすることで私の中身に浸透しますように。

まだ、世知幸い世界になれる可能性はある。


私にあったらもっといいなと思う部分は、理屈づけと豊富で多様な世界への意志のあるアクセス。

働けば、働くほど、わくわくする生き方をしていけるように。


まだまだ楽しみ抜いていける。
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