いと美しき、恋の旅路



私はあの人に恋をした。

叶わないと知りながら、
止めどなく泪を流しても、
この想いが自然に消えることなどなかった。


― いと美しき恋の旅路 ―




私はこの時代にいきなり投げ出された。
顔をあげると朱色のお屋敷。その建物の造りは教科書で見たことがあった。
目の前にいる人物がこちらを凝視している。
後ろに控えている人たちの統一的な格好。その硬い表情。
その視線を一点に受けた私は本能的に悟った。



私が“飛ばされた”先は平安の時代だった。
「平安」とは名ばかりの、伝染病が流行り餓死が溢れた時代。
私は教科書からそんな知識を得ていた。
けれど幸か不幸か、私が転がった場所は貴族邸で、門番を越えた屋敷の広場だった。白い砂に朱色の建物が映えるこの景色に私は外のこと等忘れ、幾度となく見とれた。
また“囲われた”空間ではあるが、日々を苦痛なく過ごせることに多少の安堵も感じた。

いつしか、「このまま元の世界を忘れていくのか」と思うことへの抵抗も薄れていきそうだった。



そして今日もまた、私は麗らかな日差しが当たる縁側に座っていた。
遠くから聞き慣れた足音がすると、やがてその人物が姿を見せた。

「またそこに居ったのか。そなたは、いつもそこにいる」

柔らかい声音が、とてもいとおしい。

「はい。私はここが好きなんです」

顔を向けて答えると、声を掛けてきたその人は「陽射しは得意ではないので」と言う。
そうして日蔭に寄りつつ話し掛けてくれるのだ。

私は人と話すことが得意じゃないと伝えたのだが、この人とは何故か普通に話すことができた。
思えば最初にこの時代に来たとき一番近くで私を見ていた人で、空間を切ったように現れた私を穏便にかくまってくれた。
私は何度も彼に救われている。

日を追うごとに、そんな自分の中の思いに気づき始めた。

体の中で生まれる温かい何か。
それが恋なのだということを。



自覚してからのいつか、あの人と拙い会話をした。

私が元の世界に帰ることの話だった。
本当の事は伝えていない。歴史の変化に繋がるのを、私でもそれなりに意識したからだ。

彼は話を聞くと背を向けた。
本当の事は言えなかったけれど、なんとなく気付かれている気がしてならなかった。
その背にどうしようもなく寂しさがにじみ出ていて、後ろで私は声を殺して泣いた。
嘘をついたことが、いたたまれなかった。

それでも、
本当のことを伝えたら、貴方がすべてを失うと思った。




けれど最期の時に、私は事実を伝えることを決意する。
あなたが細く弱った手を私に伸ばし、最後の質問をした。

『人は歩み続けて、どこまでいけるか分かるか?』

『はい』

『生きていなければ、その果てに行くことは出来ぬか?』

『果てはありません。進み続ければ、必ず元の場所に戻ってくるのです』

『……ならば、どこまで行けば、わしはそなたに逢えるのだろうか』

『……私に会いに来てくれるのですか?』

『今更よ…。いかなる時も、そなたと共に生きたいと願っておったのだ…』

はかなげに見えた手が力強くだが優しく、俯く私の髪をなぜた。
初めて告げられた想いに、押さえきれないほど感情が高ぶる。

『進むのは終わりません。あなたの魂が私を追いかけてくださればきっと、未来で再び逢えます!』

『未来…?』

『どうか、千年先まで、私を追いかけてきてください……』

堪えることを止めて溢れだした涙が彼の手を濡らすけど、驚いていたその表情はやがて安堵になった。

『必ずや成し遂げよ…う。……そなたをいつか、見つけ出し……』

『……は…い』

『…………』

最後まで言うこと無く閉じられた彼の瞼からこぼれた雫を掬うと、ぎゅっといつまでも握りしめた。



end.


(ある事情で人との交流が苦手になった主人公。けれど、起こった事件の最中で人によって愛情を与えられます。
一方貴族邸の主人も不安定な都に、時代に、彼なりの不安などがあり温かい愛情がほしかったのかもしれない。
そんな思いで書いた作品でした。)

トキメキの音色




私は彼の奏でるメロディーを聴いている。
オルガンから溢れ出る、輝き潤うような旋律がこの音楽室を満たす。

(いい曲…)

私は目の前の男子を知らないのだけど、今日の授業で忘れたものを取りに来たら、彼がこの曲を弾いていた。
邪魔しちゃうかも。とは思ったのだけど、最後まで聴きたくて居座ってしまった。

顔を見ても、彼は得に気にしていないようだ。
ただ鍵盤を押す指を目で追っている。

(どうしてこんな綺麗に曲が弾けるの…?)

オルガンを挟んだ向かい側からはその手先が見えないから、もう少し近づきたいという気持ちがあったけど、それは心の傍らに置いて聴き入った。

その内に私の好きな曲が止む。

「あ…」

(終わってしまった…)

ふと前を見ると演奏していた彼と目が合う。
私はここにいる理由を考えてなかったので、じっと見られたことに慌てて立ち上がった。

「えへへ…。こ、こんにちは!」

「何か用事?」

「いや…忘れもの取りに来たんだけど、好きな曲弾いてたからつい…、聴いてしまいました…」

男子生徒の片眉があがる。

「好きな曲?カノンのこと?」

「あ…そういう名前だっけ!うん!!」

「ふーん…」

呟いた男子生徒は私から目を反らした。
その表情が少し照れている。
少なくとも嫌がってないだろうと思った私は彼に話し掛けていた。
さっきから言いたいと思っていたからだ。

「ピアノ上手なんだね。すごく綺麗な音色で、ここに入る前は先生が弾いてるのかなって思ったの!話しかけるの悪いかなと思って…ごめんね」

「いや、いいんだけど」

「CDの演奏は聴いたことあったけど、やっぱり生は良いね!なんというか、音色が繊細で肌に染み込んで体と一体化する感じ!」

「一体化…?」

「ふふ、本当にそれくらい聴き入ってたんだよ」

最初は先生が弾いてるのかと思った。
でも聴き続けていたら、それよりも上手だと感じた。

(でも、お世辞だと思われたら嫌だから、言わないけど…)

「俺も弾いてるの好きなんだ。懐かしい感じがする」

「うん!本当にそんな気持ちになる音色だよね」

「なんで好きなの?」

ふと目を見て訊ねられる。

「この曲?」

「それ以外無いだろ」

「おっほほ…、確かに…。うーん別に理由って理由は無いなぁ。なんとなくなんだけど」

「そっか」

私は答になったか判らないような返事をしたのだけど、彼はフッと笑った。
苦笑いかもしれないが、夕陽に当たっているからか、とても優しげな印象を受けた。
その彼は鍵盤を一つ押して音を
出すとふいに言った。

「俺…、今度この曲でコンテスト出るつもりなんだ」

「え!すごい!頑張って!!」

「ああ」

「あんな良い音色で演奏出来るんだから、きっと良い結果出るよ!!」

「いや、どうだかな。自分より上手いやつなんていくらでもいんだし」

「いや…!あの音色は君の“個性”がなすものだよ」

「俺の?」

「君だけの耀きってこと!」

私は夕陽に満たされたこの場所にちなんで、そう言った。後から考えても納得がいく本心だった。

「………」

窓の外を見ていた彼はこちらに振り返ってから何も言わない。
言葉が出ないようで、ポカーンとしている。

(あれ、何か変なこと言ったかな…!?)

ツイッと視線を横にやると五時半を指した時計が目に入って、ここに来る時友人に見送られたことを思い出した。

「あ!私外に友達待たせてたんだ!!帰る!!」

鞄を鷲掴みにして教室を飛び出そうとした。

「じゃあね…あっ、えっと……?」

「え?」

「君の名前って…」

音楽室の出入口前で立ち止まってそう訊くと、呆けていた彼は顔を赤くして、教えてくれないのかと思ったけど躊躇いがちに答えてくれた。

「……歌音」

「かのん…?」

それが君の名前なんだね。

(あ、聞き返さなきゃよかった!)

尚更恥ずかしくなったらしく、オルガンに突っ伏した彼に申し訳ないと思って、私は音楽室を飛び出した。

「“歌音”!すごくいい響き!!」

最後の感想を彼に届けて。




end.

彼ごしに見た宇宙



痛ーっ!な悲恋話です。

前からしたためていたのですが、この状況に似つかわしくないと思いながらも…追記に載せました。

状況が沿っているようなので、文がリアルに感じてしまうかもしれません。


ここより下は上記が理解出来る方が各自充分注意してお読みください。
書き手は愛情込めて書いてますから!(主張させてください!)

追記へ。↓




続きを読む

天空の使者



ねえ、ある人が見た夢なんだけど。不思議な話なの。
笑っちゃうようなファンタジー。だけどちょっと怖いのかしら…?

あのね。
虹が、ある雨上がりの空から降りてくるんだって。

それは七つに分かれて、それぞれが意思をもつらしいの。

目的意識よ。「どんな?」って、それがよく分からないんだって。

なぜだか夢を見た人が追いかけられて、槍を突きつけられるから、そこから必死で逃げないといけない。

なんでか、なんて考える余裕がないそうよ。


その七つの『色』は、
騎士の姿をしているんだって。
ほら、お城とかに飾られる顔まで隠れてる感じのやつ。
馬に跨がり厳格な鎧を纏い、ランスという巨大な槍を持っているのよ。

でも個性があって、中にはバイクに乗っているのもいたって。
虎柄みたいな黄色で、雷みたいにバチバチ放電するんだって。


不思議な夢よね。


この話をした人は、ずっと前に一度見ただけのその夢を、くっきり覚えてるんだって。



放課後の夕陽。



目が覚めると、夕陽が差し込む教室に居た。
外から部活をする生徒の声が聞こえる。


ふと、机の上に書かれている文字が目に入った。


『今日は一緒に帰ろう。

部活に顔だけ出してくるから

教室で待ってて。』


それが書かれているのは彼の机で、私は此処に座っている理由を思い出した。

慌てて髪の乱れを直して、顔がむくんでいないことを確認する。

時計を見ると眠ってしまった時間からそんなに経っていなくて安堵した。

彼の文字を見つめてゆっくりとなぞった。

するとシャーペンで書かれたらしいそれは薄れてしまった。

(できればとって置きたかったな。でも無理か。あの人の机だもん、消さないと…)

何度見てもそれはとても愛しかった。

カーテンが風に僅かになびく。

外がいくらか静かになったかもしれない。

そして愛しい声が彼女にハッキリと届いた。




オレンジ色に満たされた教室に、机と椅子と、少女の影がひとつ。

少女の影は廊下にいる背の高い影に近寄った。

そして二つの影はゆっくりと外へ出て、そして寄り添う。

静かな静かな、夕暮れだった。

続きを読む
前の記事へ 次の記事へ