「……アンタ、なにやってんだ?」
突然、声をかけられた。
目線だけをあげると、窓枠の向こうに、色素の薄い男が立っていた。
「離れろよ、その子から」
五月蝿い、今、取り込み中だ……。
そう答えようとして、気付く。
そういえばここは、学校だった、と。
そして忌々しいことに、自分の顔は、この学校中に知れ渡っている。
仕方なく、貪っていたヤコの唇を一度ちゅぅ、と吸い上げて顔をあげる。
「……なにか?」
「なにか、じゃねぇよ……離れろ」
一連の行為を目にしながらも、我が輩の問いかけに動揺ひとつ見せず、その男は続ける。
「女の子の同意も得ずにそういうことすんのって、犯罪だよ?」
校庭に面して開いた窓からひらりと教室内に入り込んだ男は、サッカー部のユニホームを着ていた。
そして当然、スパイクを履いたままだった。
「……土足ですよ?」
「校則守って犯罪見逃すわけにいかねーよ、議長さん。緊急事態だからね、仕方ないさ」
男は軽く首をすくめてみせる。
やはり、我が輩の身元はバレていた。
……だが、ただそれだけだ。
「緊急事態?どこにそんな事態が発生してるというのです?」
「今、ココで。アンタのソレ、暴行罪」
「罪?コレが?」
腕の中のヤコに視線を向けた。
微かに顰められた眉、ふっくらとした唇は薄く開いて、その隙間から歯列を覗かせている。
我が輩の腕に身体を預けて、くったりとしているコレは…………我が輩の……ヤコ。
そこから視線を男に転じて、意図的に笑顔を浮かべて見せた。
「アナタは僕と彼女の間をなにもご存知ない。ですから、その断定は早合点だと思いますよ?」
「確かに、アンタとその子のことは何も知らないけどさ、議長さん」
表情を変えぬまま、しかし、その色素の薄い瞳を眇めて、男は言った。
「……その子、俺の彼女。だから、離れて」
思考が、停止する。
「……は?」
思わず、間抜けな声が出る。
「だから、俺の彼女」
男の声は、音として耳に流れ込んでくるだけで、それは思考に結実しない。
「何をおっしゃっているのか……」
……この男の言葉が、理解できない……。
「なんでもいいから、その子放して、そんで離れて」
つかつかと、歩み寄ってきた男は、我が輩の上体を押しのけ、腕の中のヤコに腕を伸ばす。
その途端、脳髄が沸騰するような感覚がした。
「それに触るな!」
本能的に、拳は正確に、男の鼻の下を狙った……ハズだった。
しかし男は首を逸らしてその一撃を避けると、避けたその間合いから頭突きを繰り出してきた。
繰り出された頭突きの衝撃を軽減するために咄嗟に後ろに飛びのくカラダ。
しかしそのせいでヤコは、完全に男の腕の中に収まってしまった。
「貴様こそヤコを放せ……」
今まで聞いたことのないような己の声は低く、地を這うような音を発していた。
激昂のあまり、背筋がジリジリと痺れている。
衝撃を殺したはずの頭突きに、額が疼くように熱を持ち、ピリピリとした興奮を脳髄にもたらしている。
握った拳は戦慄き、噛み締めた奥歯がギリギリと鳴っていた。
「……放すよ」
男は答え、こちらから視線を外さぬままにヤコを床に横たえる。
我が輩は男の一挙一動を、瞬きもせずに睨み続ける。
この男が、ヤコに、不埒を働かないように。
……もし今、視線で人を殺すことができるなら、この男を確実に仕留めることが出来るだろうに……。
ヤコを床に横たえた男が、ゆっくりと立ち上がる。
それにあわせて我が輩もまた、ゆっくりと、立ち上がった。
「ヤコの彼氏、だなどと、見え透いたウソを」
「ついさっき付き合いだしたんでね。それにいちいちアンタに報告する義務はないだろ?」
「我が輩はヤコの親にヤコを任されている」
「だったらこれから、この子の親に報告に行くことにするよ」
間合いを計るための会話。
だがこの会話で男の口から吐かれる言葉が、我が輩の激昂を殺意へと高めていく。
……この男は、敵だ。
「ウチのガッコ、男女交際禁止の校則はなかったよな、議長さん?」
「ヤコに限っては、我が輩を差し置いて交際することは許さん」
一触即発の気が、その濃度を高めていく。
視線を外さない。
隙を見せない。
この場を支配するのはどちらか。
ヤコを、手中に収めるのはどちらか。
ココで……決めてやろう。
「……我が輩、寛容なのだが、それは我が輩を邪魔しない者に対してのものなのだ。したがって、貴様の行いは、全てが気に入らん」
「アンタ、その喋り方のほうが本性に近いんだろ、しっくりくるよ」
交わったままの視線。
この対峙が永遠に続くかと思われたその時。
「……脳噛くん?」
その声に、ヤツが視線をわずかに外し……。
我が輩は一気に間合いをつめて、上から打ち下ろすように右の拳を繰り出した。
顎を捕らえた拳はしかし決定打にはならない。
……なかなかケンカ慣れをしているヤツだ。
すかさずヤツの右足が腹を狙って繰り出された。
まともに食らうが、所詮カウンター、威力はさほどない。
しかし派手な音をたてて机に突っ込んだ身体は、立て直すのに手間取った。
そこに。
ガツッ!
見事に一撃、右頬に喰らった。
壁に背中が叩きつけられ、一瞬息が詰まる。
鈍い痛みと共に口の中に広がる鉄の味。
……だが、まだまだだ。
背中を壁に預けたまま、近づいてくるヤツの下腹に蹴りを突き出した。
ヤツはかわすこともせずくの字に折れ曲がって吹っ飛び、ヤコの傍にあった机をなぎ倒して崩れ落ちる。
「これしきの攻撃で気を抜くとは、貴様、バカか?」
立ち上がり、ヤツへと近づく。
ヤコを、取り戻さねば……。
一歩、一歩、近づくその目の前に。
「やめて!脳噛くん!笹塚くんも!なにやってるの!!!」
我々の殴り合いのトリガーになった声の主、アカネが、割って入ってきた。
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おひさしぶりです、エーコです。
なんかもう書いてて収集つかないんで、強制リリースします。
殴られて鼻血出したネウロが書きたかったのに。
口の中が切れて端から出血なんて、キレイすぎるじゃん!
