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家畜人おっさん 〜ぷろろーぐ〜



パワハラ全開の上司にいびられ、無能な癖に居酒屋代を奢らせる事だけに関しては超有能な部下とつまらない酒盛りをし終えた帰宅道。都心部から離れた我が家、その車庫前で僕はそれに出くわした。シャッターが半開きになった車庫の中で真横になって転がる謎の物体。生物、しかも人間らしいそれは車のライトに照らされているというのに起きる素振りも見せず、コンクリートの地に頭を擦り付け熟睡している。クラクションを鳴らしてみようかと思ったが、ここは住宅街である。時間的な配慮も考え、余計な騒ぎは起こしたくなかった。しかしソレが退去してくれないと車を入れる場所が無い。とりあえず車から降りて人影を伺う。無論、薬中や頭のオカシイ人間だった場合、すぐに車内へとリターンする為に。しばらく観察していたが、他人の車庫内で堂々と寝ているその人影は一向に起きる様子など無く、僕は立ち往生。近寄って事態の好転を狙ったが、収穫は車庫内で寝ているなり気絶しているなりしているのが、僕よりも遥かに若い少女だと判明したくらいである。渋谷によく居る家出少女という奴であろうか? 狸寝入りで誤魔化し、車庫内で倒れている自分の心配を
誘発させ、善意に付け込み家に転がりこむとか。いや、むしろ泊まるところが無いからこんな所な潜り込んだのか。考え過ぎだとは思うが、最近の若い連中は常識を疑うような行動を平然とやると言うし、警戒した方がいいのかもしれない。冗談抜きで死にかけの人間だったら救急車を呼び、危ない人間だったら警察を呼ぶ必要がある。携帯は車の中だった。しかし、取りに行くのは面倒だった。故に僕は、秋葉原でオヤジ狩りが流行っていると聞いてからは秋葉原に死んでも近づかなかった僕は、少女を起こすべく彼女に近寄って―――少女の体を揺すった。







夏の夜。午後11時半。
僕が、家畜人に関わってしまった夜の話。










醜い中年男性のイメージを擬人化すると僕という存在が想像される。禿げた頭部、不摂生な生活を送ったが故のメタボっ腹、目つきの悪い顔。ちょいワルオヤジでもなく普通のオヤジでもなく、世間帯が醜い中年オヤジと呼称する存在の一人。それが世間で「おっさん」と呼ばれる人類、つまり僕という人間である。
かつては若々しく、青少年と呼ばれていたであろう男性は自尊心や差恥心などを成長による劣化、もしくは進化の過程で己の過去に置き忘れる。人前で放屁を我慢する事が出来ず、またする気が無く、意味もなく口をクチャクチャ鳴らし、時折「カーッ」という奇声と共にタンを吐いて公道を汚す。青少年であった彼らはいつの間にか劣化し「おっさん」と呼ばれる残骸へと至るのだ。そう、そして同じく残骸である僕は、既に三十路を超えて十年になる「おっさん」たるべくして「おっさん」という人間の一種だった。
しかし、それに一体何の罪があるというのか。僕がおっさんとして存在する事に罪は無い。むしろ年齢的にはそれが自然だ。だというのに世間と呼ばれる群集はおっさんと呼称される存在を必要以上に軽蔑し、差別する。駅のホームでパンツ丸出しの女子高生に汚物を観るような目で見られるのならまだいい。が、会社のOLからは置物または全自動コピー操縦機と呼ばれ、年老いた親からは全く宛がない結婚の打診を迫られ、電車で女性の近くに座ると必ず変質者扱いされる。僕は僕であり、そしておっさんでもあるというだけなのに、何故、こうも差別と偏見を一身に受けなければならないのだろうか。僕が何かしたのかと問われれば、当然のように僕は何もしていないと答えるだろう。鳥に飛ぶなと言うのは非常に不条理極まりない台詞だ。だが、その台詞は僕を含めた全てのおっさんに対して世間が言ってきた台詞でもある。僕らはおっさんであり、辞表を提出するようにおっさんを辞める事は出来ない。しかしながら僕のような醜いおっさんが視界に入ると、人は顔をしかめるのだ。まるで、僕にそのだらしない姿を治せと言うように。
無論、僕とて生まれた時から醜悪で目つきの悪いおっさんであった訳ではない。普通の子供として生まれたし、人間的には普通の普通だった。おっさんとなってからも出来る限り若作りに奔走した。清潔に気を使った。枯れかけた頭髪に活気を取り戻すべく栄養剤を撒いた。しかし、人生という理不尽なシステムは僕の努力を悉く粉砕し、結果としておっさんとしての僕が残った。僕が目を逸らしたくなるようなおっさんと成ってしまったのは、概ね僕の人生が間違っていたのだろう。だが、かつての僕は何故か、今までの人生の中から僕が決定的に間違った瞬間を未だに見つけられずにいた。
最初に行っておくが、僕は自分を失敗などした事が無い完璧超人のように評価しているわけではない。むしろ僕の人生は僕が知る限り、全く面白みもない失敗と成功にまみれた凡骨の凡骨と呼ぶべき代物である。普通に成長し、普通に進学し、普通に大学に入って恋人を作り、そして普通に中堅企業に就職した。僕の人生には余分なモノは付属していない。親友たちと宴会をしたりキャンプやどこぞに出かけたり、ガラの悪いチンピラに絡まれ金を巻き上げられたりクラスやクラブの連中に虐められたり、と僕はそう言ったイベントとは全く無縁な人生を送ってきた。だが、それ故に僕という存在そのものが僕の人生における最大の余分なモノになってしまった。僕が人生における最大の失敗に気づいたのは、頭髪が完全に抜け落ちるという最悪の手遅れに遭遇してからだった。僕には目立った失敗や成功はあった、だが、最大と言える失敗や成功は何一つとしてなかった。今なら言える。僕が人生で犯した最大の失敗は言い意味でも悪い意味でも「最も印象に残る思い出を作らなかった」ことだと。思い出、記憶とは力だ。良い思い出があるから前に進もうとし、悪い思い出があるから失敗
を修正しようとする事が出来る。しかしながら、僕のようにその両方が欠如した人間は何一つ目的を持つことが出来ない。空虚な生き方をしてきたが故に、大多数が流されていく方向へと進む事しか出来ないのだ。おそらく僕がこの事に気づいていたなら、頭髪が散る前に一般的な家庭を築いていただろう。そして頭髪の延命をする事が出来ただろう。しかし全ては後の祭りである。頭髪は散り、長く付き合っていた恋人とは別れ、顔を合わせる度にお見合いを進める両親は死に、etc.etc……。僕は多重の失意を仕事に打ち込む事で忘れ、そしてそこそこ出世したが、それも管理職になった事で打ち止めとなった。やり手の課長という称号はただの虚言に過ぎない。管理職になってからは残業手当てもつかず確実に所得は落ち込んでいる。そしてこの時、既に僕は後戻りできぬおっさんへと変貌した後だった。時間は巻き戻る気がないらしい。僕はこの先もおっさんとして生きていき、そしておっさんとしての宿命から逃れ出る事はできないのだろう。何故ならば、僕はもはや孤独なおっさん以外の何者でもないのだから。

僕は惨めで孤独なおっさん。子も妻もいない身では社会で金を稼ぎ、それを自身の自己満足を満たすために使うしか金の使い道が無い。独身貴族と気取っていられる人間は髪がフサフサだからに他ならない。頭頂の砂漠化が進につれ、そんな余裕は消え失せていく。完全に不毛の地となってから僕はどこまでも惨めでさもしいおっさんとしてでしか生きていけなくなっていた。しかし、そんな男の成れの果てのような僕でも少なからず救われる瞬間がある。それはお気に入りの風俗嬢を指名し、まだまだイケると自信を取り戻す時と、居酒屋の店主相手に酒を酌み交わす時である。酒はいい、酒は全てを忘れさせてくれる。例えパワハラ全開の上司にネチネチいびられようが、無能部下の失態のツケがこちらに回ってこようが、近所の小学生に臭いと鼻を摘まれようが酒さえ飲めば全てにリセットがかかる。別に完全忘却するわけではないが、酒に酔う事で一時的に全てを忘れる事ができるのだ。個人的には、ひいきにしている居酒屋の店主相手に飲むのが理想である。しかし、今日のようにひいきの居酒屋の定休日には知らない居酒屋で部下相手に呑んだりする時もある。ようは飲む相手は
誰でもいいのだ。飲む相手さえおり、そして僕と話してくれるのであればこの際、囚人でも大統領でもいい。僕は飲みながら人の話を聞くのが好きだった。例えそれが愚痴だろうと悩みだろうとなんだろうと、酒によって引き出される嘘偽り無い告白を聞き、それに対して議論するのが好きなのだ。
話題に対する議論という行為は僕を魅力して止まない。客観的に事件をみる事が楽しいのだろうか。本人にとっては悩みの種であっても客観的に観ている僕からしてみれば、それは解決すべき事象であり、悩むべきものではない。テレビの中の人物の悩みを聞いているようなものだ。僕にとってそれは主観的事件ではないのだから、別に解決しなくても対した痛手に成らないのだ。リスクなどあってないようなものなのである。言葉の選択によっては対話相手の損失というリスクを負うことになるだろうが、如何せん酒の席で語るようなものだ。引きずるわけもなく詫びと称して酒代を持てば、数日後には同じように酒の席で同じような事をしているだろう。
僕が酒の席でする行為は、あくまでも客観的に事象を把握できるから楽しむ事ができるのであり、当然ながら主観的に事象を把握した場合、楽しむ余裕など生まれない。ミステリー小説好きとてミステリー小説の世界に実際に行って、謎を説きたいとは思わないだろう。それと同じである。ミステリー小説とは、関係の無い第三者というリスクの無い視点から物事を観るからこそ楽しめるものなのだから。
僕は事件の話を聞くのは好きだが、実際に巻き込まれたいとは思っていない。ここまで言うと、僕が卑劣で性格が悪い人間のように思えてくるが、大抵の人間の思考など今言った言葉と大差ない。他人の不幸は蜜の味と言うように、対岸の火事をながめるように、人間とは自身が含まれない非日常を面白いと楽しむ生物なのである。だからこそ、人は巻き込まれるのを良しとしない。

「――――?」

少し、酔いが回っていたのかもしれない。僕は目を覚まし、きょとんとした表情でこちらを向く少女を今日この日に警察に届ければ良かったのだ。そうすればこの事象に含まれず、きっと観測するだけの第三者でいられただろう。
何度も言うが、僕は事件に巻き込まれたいとは思わない。僕はきちんと他人は他人、自分は自分、物語は物語、現実は現実と境界線を引いて生きている。思慮も無しに物語の中に入りたいなどと中学生じみた妄言は吐かないし、妄想ですらしない。僕の生きている現実はここである。ファンタジーなんて本やゲームの中でだけで充分だ。が、しかし僕は今日この日を振り返り、失念していたと言わざるをえない。現実は小説よりも奇であるという言葉を思い出していれば少女を家に泊める事もなかっただろう。そして事件と言うには地味すぎるモノに巻き込まれる事もなかったのだ。

「………」

―――目覚めた彼女は、逆光に目を瞬かせながらも、確かに僕を眺めている。無表情で眺める少女の双眸には、果たして何が映っていたのだろうか? 惨めなおっさんか、自分を襲おうとしている変質者か、全自動コピー操縦機か、それとも。



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