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ジェフユナイテッド市原・千葉サポーター有志の会のブログです。
【被災地へ】
12月25日、私たちは宮城県石巻へ車で向かいました。
宮崎の地で、復興支援イベントを企画した仲間とともに。
車2台で計10名。
車内には、手土産として、
この日参加できなかった有志達から授かったものをいっぱいに詰め込みました。
早朝、現地へ着くと、天気はあいにくの曇り空。
さらに小雪がちらつく、ひどく冷え込んだ日でした。
石巻駅前で『全国訪問ボランティアナースの会キャンナス』のスタッフの皆さんと合流し、車で牡鹿半島方面へ。
その道中、被災地の現状に皆が言葉をなくしました。
舗装が間に合わず、でこぼこの道の両脇は、ほとんどが更地の場所も。
修復することもできず、取り壊しが進む小学校。
津波により、全てが失われてしまった街を横目に車を走らせます。
お願いをして車を止めてもらい、何度か現状を写真に収めました。
そして、「支援などがなかなか行き届いていない地区」と現地スタッフの方に教わった場所である『前網港』に到着。
津波の被害の爪痕は大きく残っていました。
看板は取れ、ガラス窓は壊され、電気もガスも水道ももちろん通っていません。
けれど、皆さんは漁を続けられていました。
そんな前網漁港の皆様は、千葉から出向いた私たちを歓迎していただきました。
いわゆる『漁師メシ』を振る舞っていただいたり、
ともに漁船に乗って皆様のお仕事を間近で拝見したり。
私たちも、千葉から持ち寄った心を込めた手土産をお渡ししました。
これにも非常に喜んで下さり、前網浜周辺で暮らす皆様や、
仮設住宅で過ごす地域の皆様に行き渡るようにしていただきました。
その後は、女川や石巻周辺の現状を『キャンナス』様のご協力で紹介して下さりました。
被害の多かった場所や、いまだに復旧が進んでいない場所を何カ所か巡りました。
最後は、キャンナス様の石巻駅前事務所で地図などを使い説明を受けました。
短い時間でしたが、次の日には仕事がある仲間も多かったため、夕刻には千葉へ向けて帰途に就きました。
今回、石巻に向かった目的は、支援が少ないという地域の現状を知り、今後私たちが何ができるのかを探ってくるためでした。
震災からかなりの時間が経ちましたが、以前物資は足りていません。
どんなものでも、それは支援になります。
たとえば、厳しい冬が到来している影響で、私たちが持ち寄った衣類も非常に喜ばれました。
以前から、漁師の方は、「プライドが高い」という勝手なイメージをしていました。
ですが、初めて訪れた私たちにも親しみやすく話しかけてくださったり、
また本音で「まだオレらはオマエらの助けが必要なんだ」ということもおっしゃられていました。
それに、被災地の方々は必死になって以前の生活に戻そうと、働いていることをこの目で確かめることができました。
漁のための道具は、まだ揃ってはいません。しかし、手もとに残っているものや、全国の漁師仲間から送られたものを使い、生活のために汗を流されています。
ご協力いただいた「全国訪問ボランティアナースの会・キャンナス」様にも、沢山の手助けを賜りました。
実はキャンナスにいる方々も、大半が被災者です。
そういう方が重い腰を上げ、「もっと大変な思いをしている人のために」と手を取り合っています。
全国から集まったボランティアの方も、そこで活動をされていました。
そんな姿も知る事ができました。
「キャンナス」の皆様、本当にありがとうございました。
「また今度な」
別れ際に、皆様から声をかけられたあの言葉が忘れられません。
今回だけに終わらず、私たちは今後も活動を続けていく所存です。
石巻には、来春、来夏を目処に再訪問する予定です。
その際は、また皆様にご協力いただくことがあるかと思います。
どうぞ、よろしくお願い致します。
東日本大震災復興支援ジェフサポーターチャリティーフットサル大会へ御参加頂きありがとうございました。
皆様方のご理解とご協力により大会を無事に迎え、そして終えることが出来ました。
お忙しい中にも関わらずお集まり頂き本当にありがとうございました。
以下収支報告となります。
【東日本大震災復興支援ジェフサポーターチャリティーフットサル大会開催】
このたび、市原市役所様の御厚意により、
2回目の支援物資収集にご協力いただいた皆様、本当にありがとうございました。
差し入れをしていただいた方もいらっしゃいましたし、お手伝いをして下さった方もいらっしゃいました。おかげで、沢山の物資を集めることができました。
スタジアムDJでおなじみの酒井道代さんも、ご家族でいらして、物資を持ち寄ってくださいました。
bayfmさんをはじめ、各報道機関の皆様にも、今回のことを取り上げていただきました。ブログなどで告知していただいた皆様も、本当にありがとうございました。
寄せ書きについても、沢山の皆様の思いを詰め込むことができたと思っております。
そして、市原市市民生活部市民活動支援課NPOボランティア支援室代表の中村様には、場所の貸し出し、市原市としての物資提供などをしていただきました。重ねて、御礼申し上げます。
皆様から託された思いの詰まった物資ですが、5日の日に、有志の会2名がトラックで仙台市の協力者の方に届けて参りました。
4日深夜に詰め込み作業を行い、5日の4時に市原市を出発。高速道路を利用して約6時間で現地に到着し、仙台市泉区の施設に荷下ろしをしました。今後は、現地の方が行政と協力をしながら、必要に応じて、物資が足りていない施設から中心に物資を届けていってくださいます。
尚、現地の皆様には、本当に丁寧な感謝の言葉をかけてくださいました。この思いが、被災者の方々に届き、少しでも力になれるよう祈っております。
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ここからは、
物資を届けた帰りに、被災地にトラックを走らせた同志の言葉を、こちらに掲載したいと思います。
「現地の方に、『是非被災地のほうを通って帰ってみて下さい。それが現状を知る一番のことだと思います』と声をかけられ、仙台市の沿岸部から南下するルートを使い、千葉まで帰ってきました。荒浜地区、長浜地区、それに名取市などです。
津波が街を襲った爪痕は、想像を絶するものであり、いままで見たことのない惨状でした。言葉にならなかった。それが正直な気持ちです。TVなどで見るように、全てのものを波が奪い去り、道路の脇にはありとあらゆるものがぐちゃぐちゃになっていました。車や船がひっくり返ったまま残されており、潮の香りが海岸から何キロも離れたところまで充満していました。路面も波打っている箇所がたくさんあります。多くの人が、何かを探して歩いています。
自分達が、いかに恵まれた環境のなかにいるかということを痛感させられました。
ガードマンの方に、私は声をかけました。『車が通れるようになるなど、1ヶ月でやっとここまで来ました。ここにある物を整理するためには、1、2年じゃきかないでしょうね』。彼はそう言いました。身元が確認されていないご遺体も、たくさんあるそうです。その腐敗も、始まってしまっているそうです。
私は、この光景を皆様に伝えたい、そう強く思いました。ボランティアは迷惑になるという情報がありますが、いまはそんなことはありません。片付けなど、手伝えることはあります。これからも、被災地に対してできることを続けていきたいと思います」
| 地 域 | 千葉県 |