2009-8-26 10:57
キリ番12345リク【シェイド×ありす】
その青年は涼しげな蒼い瞳を細め実に楽しそうに笑っている。
私は今、猛烈に後悔していた。
出来るもんなら一時間前に戻りたい。戻れるものなら速攻戻ってやる。
やんなきゃよかった。
いや、それよりもあんな変な約束しなきゃよかったんだ。
忘れてたよ、彼は――憎らしくも超天才型の人間だということを。
*
「さ、ありす嬢何しよっか」
夜の帳が下りた二十五時。きっと皆はもう就寝準備をしてるに違いな――くないか。リオはまだ自分の部屋で読書にふけってるだろうな。
出窓越しに見える丸い月が綺麗。
まるで真珠みたいに透き通った色をしていて、まるで見えない力で引き寄せられるように自然と心が惹かれる。
「ありす嬢?」
私に問いかけた低く滑らかな声色はわずかだけどいつもより上ずってる気がした。
私ははっとして視線を戻すとベロアの大きなソファーに背中を預け、向かい側の一人掛けソファーに腰掛けたシェイドを見つめた。
「何って、トランプでしょ?」
私はそのためにここに来たんだから、と続けパジャマ替わりにしているキャミワンピの裾を正す。いや別にシェイドを意識してるわけじゃなくて、なんとなく。
「わかってないなぁありす嬢。内容だよ内容」
するとわざとか、シェイドも私がしたのと同じように無地の黒いロンTの襟元を正し笑った。
襟元、広くなっててしかも鎖骨が見えるか見えないかの絶妙なライン。しかもシェイドのすらっとした体型にめちゃくちゃ映えた形。
やばい、これはちょっと色っぽくていいかも……っていうかシェイド自身冗談抜きでかっこいいもんね。性格はおいといて。
イケメンごちそうさまでーす!
「ね、聞いてる?」
「――えっ!? あ、うん聞いてるよ大丈夫!」
「……ありす嬢が寝付けないから一緒にトランプしてあげてもいいよって言うから一生懸命準備したのに上の空ってひどすぎでしょ」
そうだった。
私昼寝しすぎたせいで眠れなくて、だからって本を読む気にもなれやしないし身体を動かすにも時間が遅いからしかたなくシェイドつかまえてトランプしに来たんだよ。ただぼーっとしにきたんじゃないんだ。
「ごめんごめん、怒らないで」
「別に怒ってない。それより何するか決めよ。何がいい? ジン・ラミー、クリベッジまたはカジノか」
「……は、何語?」
「何語ってありす嬢……これが二人用の代表的なゲームでしょ?」
「ごめん、私ババ抜きと神経衰弱と大富豪しかわかんないや」
私がそう返すとシェイドは目を見開き度肝を抜かれたような顔をした。
「まさか……」
「ま、まさかとか言わないでよ! あーもう大富豪やろ大富豪ッ」
「俺大富豪のルール全然知らないんだけど」
「やるったらやるのぉぉぉ」
私の顔がよほど険しくて怖かったのか、さすがの彼も眉をぴくぴくとさせて引きつった表情をしている。
ええい負けるものか。ここで退いたら女が廃る!
「やらなきゃ泣くよ!! 私泣くからね!! 知らないよ!!」
すると私の脅し――げふんごり押しに観念したのか、シェイドはジーンズのポケットからトランプの束を取り出すと先日目の前で見せてくれたファローシャッフルの構えをとって少々複雑な顔でため息をつき、足を組みながらぼんやりと呟く。
「俺大富豪初めてやるんだよねぇ。本当に」
「そっ」
「そ、じゃなくて……俺だけが不利ってずるくない?」
「まぁたしかにね」
でもさ、一個くらいシェイドに勝てるものがあったっていいじゃない。
そう言おうとした刹那、シェイドは何か思いついたのか、あっと声を漏らしにやりと笑った。
「じゃあこの圧倒的に不利な状況でもし俺がありす嬢に勝てたらどうする? 何かしてくれたりしない?」
「いいよ。だったらそのときは私がシェイドの言うことなんでも聞いてあげる」
「……作戦通りだ」
「なんか言った?」
「ううん、何でも」
「ただし勝てたらだからね! もしシェイドが負けたらリオとハルと一緒にラインダンスしてもらうわよ!」
「うっわそれはきついなぁ……がんばろ」
軽やかかつ鮮やか、そして疾風のごとく素早い手つきでカードを切りながらシェイドはクスクス笑った。
*
まさか。
「夢かこれは……」
積み重なったトランプと自分の手の中に残ったトランプを交互に見て、私は呆然とした。
目の前には両手の平をひらひらとさせ勝者の威厳を全身に放ちながら悠然と微笑むシェイドがいる。
ありえない。
ありえない、人生で初めて大富豪に臨んだ人に全敗するなんて――!
「も、もう一回!!」
「えーもう五回くらいやったじゃん。まだやる気?」
ソファーの上で足を組み替え、シェイドはくすくす笑う。
その余裕な態度が余計に腹立たしくて悔しくってしょうがない。
なぜこうなった? 予想外なんですが。こんなはずじゃあなかったんですが。
「これでおしまい。俺の勝ちねありす嬢。諦めて罰ゲームでも受けてもらおっか」
「……」
「約束したでしょ?」
ね?と笑いながらシェイドは言った。
笑顔の弾圧。こうなったらもう、私に逃げる道も術も残ってない。
勝負を吹っ掛ける相手を間違えた。
これがリオやクラウスなら必死で頼めば「罰ゲームなんて冗談です」なんて笑いながら無効にしてくれるんだろうけど――シェイドがそんな甘えを許すはずないよね。うんわかるよ。
何を企んでるのか、真意を秘めた蒼い瞳はゆらゆらとほの暗い闇の中に揺れて映っている。
私が動き出すのを待ってるんだろう。緊張のあまり、私はごくっと生唾を飲んだ。
「私に何してほしいの? 私が出来る範囲のことじゃなきゃ――」
「来て」
「え?」
「ここ、来て」
そう言うとシェイドは組んでいた足を元に戻し、自分の両膝をぽんぽんと叩く。
その顔は実に楽しげというか、何と言うか。
まさか。
「私に座れと……?」
「それ以外に何があるの?」
おいおいおい。
息止まるかと思った。
しかしそんな調子の私をよそに、シェイドは蒼い瞳を細めて笑いながら話を続ける。
「それくらいなら出来るよね。死ねって言ってるわけじゃないんだし」
「いや、でも……」
「嫌? じゃあ内容変えてあげようか。『リオの前で大胆に脱ぐ』とかさ」
「それは無理!」
「ならどうする?」
珍しく、彼は≪チェシャ猫のように≫にやにや笑った。
終わった。
約束しちゃった私も悪いし――自業自得、か。
私は観念し、トランプをたたき付けるようにテーブルに置いて素早く立ち上がりつかつかとシェイドの待ち構えるソファーの前まで歩いた。
「いらっしゃいありす嬢」
シェイドのにやにやした顔が腹立たしい。
私は歯を食いしばると、何も言わずどすんとシェイドの膝の上に横向きで座った。
息がかかるくらい近くに綺麗な顔がある。
いつもより薄着なせいか、体温もより近くに感じられて。
やばい。なんだか恥ずかしすぎて蒸発しそう。
「じょ、女子を膝の上に乗せた感触はどうよチェシャ猫さん」
「別に。こういうの初めてじゃないから何とも思わないね」
「……うっわ今さりげなくすごい事言った」
「あ、何? 『すごい緊張してる』とか言ってほしかったの? やめてよ童貞じゃあるまいし」
「……」
帰りたい。
いや帰るってどこにだよって感じだけど。
しばらくするとシェイドは硬直する私の身体に両腕を回してきた。
……この人、こういうことするの本当に慣れてるんだなって思う。手つきが自然すぎる。
でもなんだかこういうのにいちいち反応してる私、やだな。不慣れなのが露見されてるみたいで急に恥ずかしくなってきた。
「……もういい?」
「まだだめありす嬢」
そう言うのと同時に、彼は私の頬にさりげなく唇を落とす。
心臓が飛びはね、一瞬息がとまりかけた。
「愛してるよ。本能的にね」
「う、うっ、嘘つき」
「馬鹿。これが嘘なら最初から何もしない」
「……」
「信じてくれた?」
すっごい照れる。
でも言わない。絶対言ってやんない。
「どうでもいいけどありす嬢もっと太ったほうがいいんじゃない? 細すぎてなんだか俺骨格標本抱いてるみたい」
「はあ!? よけいなお世話なんですけど」
これはさすがに聞き捨てならない。
デブならまだしも、骨格標本なんて初めて言われた。私はあれか。理科室の住人か。
さんざん好き勝手言い散らかしたかと思えば、やがてシェイドは目を伏せ私にゆっくりと体重をかけてくる。
「……じゃあ俺昼寝するから朝になったら起こして」
「え、それ世間じゃ昼寝って言わないけど」
「細かい事言わないの。じゃあおやすみ」
「あ、へっ!?」
私が口ごもったその瞬間、わざとらしい寝息をたててシェイドはそのあとは一切口も目も開かなかった。
……私、眠気を呼び戻すためにここに来たのであって抱き枕になりにきたんじゃないのになぁ。
罰ゲームなんて最初からつけなきゃよかった。
青年一人分の重さとほのかな体温、そして鼓動を身体いっぱいに感じながらため息をつく。
ま、今日だけ特別ね。
首をシェイドの身体に寄せて目をつぶると、シェイドがふっと笑っていっそう腕に力をこめた。
これって寝ぼけて――るんじゃないな。
もしや。
「……シェイド起きてるでしょ」
「ん? 起きてない起きてない。爆睡中」
「あほ」
ぱっとまぶたを開いたら偶然目が合い、思わず笑った。
深夜の空。
窓の外には真珠の月。
真夜中にふたりで賭けをして、負けて相手の言いなりになって、たまにはこんなどきどきする夜も悪くない……わけない。こんな心臓に悪い展開は二度とごめんだ。
「おやすみ、俺の今夜限定の抱き枕さん」
「いや私人間だからね」
彼の鼓動は相変わらず、彼自身を現すように一定の穏やかなテンポで鳴っている。
……シェイドも少しくらいは緊張してよ、もう。
が。
「こらスケコマシ猫ありすは無事かぁぁ!」
いつのまにか私は腕の中で眠りに落ちてたらしく、明くる朝リオが血相を変えてシェイドの部屋に飛び込んできたのは言うまでもなかった。
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