《私》は
たぶん『ヒト』に伝えていくことは得意でなく
その『役目』でもないのだとも思う
これから静かに
《魂》に沈潜しながら『裏方』に徹していくことになるのだろう
きっと《私》の話は
理解に難く、もしかしたら『妄想癖』だとも受け取られるかもしれない
目に視えないモノ、世界を伝えることは難しい
ただわからなくてもいい。
『存在しない(無い)』のではなく
『わからない』としてくれれば
そして
この目に見える世界は
目に見えるもの(モノ)だけに支えられているのではないこと
それを心の片隅に少しでも置いてもらえたなら
それだけで本望だから
ふいに収まらぬ胸のざわめきに呼ばれ
龍神の祈り場を訪れたなら
西の夜空(そら)に沈みゆく
細く赤い《月》が見つめる中
込み上げる想いに
ただ泣くしかなかった…
理由はわかっている。
今はただ
その《感情》と向き合うしかないことも。
いつになったら
《龍》たちと共に心穏やかに眠ることができるのだろう
《水》に包まれながら…
『禊(みそぎ)』
溜まりに溜まった『穢れ』を祓うために日本各地で頑張っている《龍》たち
水とともに、龍たちがその身に受けた『穢れ』は当然浄化していかなければ
龍たち自身が穢れ、元も子もなくなってしまう
『禊』
それは簡単に出来て、実はとても大変なことでもある
龍(水)たちの『穢れ』の浄化
それは『ヒト』であるからこそ出来る、今世での《私》の役目。
龍神の守護を持つ巫女である意味。
でも限度を超えれば
同じように『穢れ』にのまれて
《私》を失うから
底辺の類魂たちの力を借りつつ、深い『愛』を学びながら自身の霊的成長を
《私》は目指す。
あの日、北海道神宮で偶然にも出逢った、霊能をお持ちの女性の言葉がふいに頭をよぎった
『(霊)力が強いことは、必ずしもいいことばかりじゃない…わかっているよね』
『はい…』
その『力』に《私》自身が見合わなければ
『前世』は『前世』であり
《私》であって《私》ではないこと
のまれることなく
《龍》たちを
そして《精霊》たちを
しっかりと鎮めなければ…。
陰暦では21日から
『卯月』
卯月朔日
(うづきついたち)
昨日で
『閏(弥生)月』も明け
『金環(日食)』も終わり
『新月』と呼ぶに
相応しい日かもしれない
今日の《私》は寝不足の割にはすっきりした気分。
《龍》たちに求めら、開いた
『扉』からは
『過去(前)世』も含め
答え合わせのように、いろんなことがふいに繋がっていき
これからの『世界』を知る上でのキーワードも教えられたみたい
《私》には願ったり叶ったりだけれど
《ヒト》にはどうなのかな…
『陰』と『陽』
その二つが拮抗したゼロの『点』
そこは無限の『有』が広がる意識の世界
ただ『そうである』こと
『点』の意識
これからはより《視えないモノ》たちの世界が広がる
《ヒト》が試されるのかな…
過去の『過ち』を繰り返すことのないよう
祈ります…。