いつも雷蔵を真似て過ごしているものだから、本人に間違えられることは稀にある。同級生からはほとんどないが(顔は同じでも表情や行動が違いすぎると散々言われる)接点の少ない下級生などはときどき私を雷蔵と間違えるわけで、一体どんなルートを通ってこの伝言がまわってきたのか、私とも、多分雷蔵ともほぼ繋がりのない後輩から伝言だ。

「不破先輩、中在家先輩が仕事を手伝って欲しいから図書室に来てほしいとのことです」

伝えられたのは私だから、私が図書室に行ったっておかしくないだろう。ただおかしい箇所は私が不破雷蔵ではないところだ。そうではないけれど、図書室に行きたいと思ったのだから仕方ないではないか。鉢屋三郎として過ごしていればかなわないことだってあるのだ。例えば目当ての図書委員長。

「それが終わったら帰っていいからな」

文机で何やら書き物をしている中在家先輩はぼそっと呟いた。この気味が悪いくらい静かな空間には十分すぎる響きだった。

私はいつも雷蔵について図書室なぞ何度も来ているから仕事の手順などわかりきっている。あたかも私は不破ですよ、といった顔をして本を整理しながら「はい」と先輩に笑顔で返事をする。

ああ帰りたくないなあとか、雷蔵だったら手際よく進めるだろうからもたもた仕事してんのも駄目だよなあとかいろいろ考えながら作業をしていると、ばちっと先輩と目があった。
どこかでこんな言葉を耳にしたな。目が合うのは自分がその相手を見つめていつからだ。すなわち私はじっと先輩を見つめていたということで、恋する乙女さながらの行動に自嘲せざるを得ない。
目線を外すように作業に戻ると、たくさん手にしていたはずの本ももう最後となり、その最後の一冊をすっと本棚にしまった。

「それではお先に失礼しますね」

最後まで気を抜いてはいけない。同級生に言われるような口調や表情を雷蔵のものにして(変装名人がこれしきできないわけがない)先輩に声をかけて図書室を後にしようとしたときだった。

「おい、」
「はい?」

ふと呼び止められたので私は戸を開けて出ようとした体勢のまま振り返った。顔をあげてこちらを見ている先輩とばっちり目が合う。

「明日の委員会忘れないように、と不破に伝えておいてくれ」

突然告げられたその言葉に私は同様を隠せなかった。不破に伝えておいてくれ、それはつまり私が雷蔵ではなかったということを見破られたということだ。

「あの…えっと、はい」

一応きちんと返事をしておく。
自分では完璧に雷蔵を装えていた筈なのに、どこか気付かれるような不備でもしたろうか。あるとしたら思わず私が先輩をじっと見つめてしまっていたことくらいだが、雷蔵だって先輩に一瞥もくれないようなことはないだろう。

「いつから気付いてらしたのですか」

いくら平静を装っても頭の中は回路断線寸前だ。一体いつから、どこで気づかれた?へまはしただろうか、何が悪かった。もう私に雷蔵の笑顔を浮かべる余裕はなかった。それ以前に最早雷蔵の振りをする意味など皆無だったが。

「私は今日一度もお前を不破と呼んだ覚えはないが」

そう呟いた先輩の言葉に思わず体中の力が抜ける。
先輩にとって私の必死の企みは全てとんだ猿芝居だったわけだ。もがく自分の姿を見られていたようでなんとも恥ずかしい。
人はそれなりの衝撃を受けると何より先に笑いが零れるらしく、事の次第に私は思わず苦笑した。

「本当適わないなあ」

しかし笑いの次には涙が零れ落ちそうになって、急いで図書室を後にする。何が悲しいって、変装が見破られていたことではなく、言葉にできない心の奥のもやもやが爆発しそうだからだ。ただ今の私には泣き場所なんてあるはずがなく、足早に廊下を進む間に涙は飲み込んだ。


(かなわない、なにもかもとどかない)



―――――
鉢屋が健気な恋するのもありだと思います。
今のところ三郎の変装を見破れるのはくくち様と中在家先輩だけ。



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