:年齢操作
:竹谷卒業話






梅が咲いている。
風はまだ冷たいけれど、その花が春の訪れを示していた。
春、それは、別れの季節。
あなたと別れるのもまた然り。

自分が三年生になったときに関係をもった、当時は委員長の代わりを務めていた先輩。
今では実際の肩書きも委員長となり、そして代はもう次の学年へ移ってしまった。
つまり、
卒業。

忍術学園では卒業する際、誰にも行き先を告げない。
恋人同士で同じ道を歩むなんて事もない。
自分の道は自分で決める。忍の世界での常識だった。


「孫兵、」

何となく落ち着かなくて生物小屋にいたら、竹谷先輩がやってきた。

嘘、
ここにいたのはきっと竹谷先輩が来てくれると思っていたから。


卒業する生徒は、各自のペースで学園を出て行く。
誰にも別れを告げずに出て行く者や、皆と別れを惜しんでから出て行く者、様々である。
自分の先輩は後者であると、信じていた。

「やっぱりここにいたのか」
先輩はいつものように明るい笑顔を浮かべ、いつものように僕の頭をくしゃりと撫でた。
「先輩」
まだ顔を見ただけなのにそれだけで声が震えてしまった。
「卒業、おめでとうございます」
声の震えは必死に押さえているつもりだけど、きっとこの人は気が付いているんだろう。
やばい、泣きそう。

「孫兵、俺は、お前に別れを告げに来たんだよ」
先輩は悲しい笑顔を浮かべて、僕の頭に置いていた手をそのまま頬に滑らした。

「今日でさよならだ」

しんとした空気の中で、風が僕等を優しく撫ぜた。

「孫兵、泣かないで」
そう言われて初めて自分が泣いている事に気が付いた。

わかってる、わかってるんだ。
泣いちゃいけないってことも。別れを嫌がっちゃ駄目だってことも。
それが全部先輩を困らせる事になるってわかってる。
離れなくちゃいけない事だってわかってる。それがこの世界なんだから。覚悟はあったのに。
頭ではわかってるのに、先輩がいない日々を考えると体が拒絶反応を示して、涙が止まらない。
頭の中の思いが複雑すぎて、なにか言葉を発しようと思って口を開いても、喉を通っていくものは音にはならない。
声の変わりにまた涙が溢れる。

突然、先輩が抱きついてきた。
「孫兵、孫兵。俺だって寂しい。凄く寂しい。」
先輩は僕の背中に腕をまわし、きつく抱き締められた。
「だけど俺も我慢するから、孫兵も我慢して」
絞り出された声は、今まで聞いた事も無い先輩の震えた声だった。
孫兵は俺よりずっと大人なんだから、と付け加えられたそれはさらにか細さを増していった。
こんな先輩初めて見た。

自分が先輩より大人だなんて、そんなことは無い。
先輩が子供のようだと思ったことはあるけれど、本当は大人なのだと知っている。
自分のことよりも他人を優先して行動し、そんな自分の行動に自信を持っている、芯のある心の持ち主だと思う。誰よりも優しい先輩なのだ。自分にとってはかけがえのない、大切な人。
離れたくはないけれど、先輩が決めて仰った事なのだからきっと正しい事。僕は今はそれに従うしかない。
「はい、先輩」
僕もまた先輩の背に腕をまわした。

幾分そうしていたのかわからない。そのまま時が止まったようだった。

「最後の1回」
先輩は体を離して、僕に口付けをした。
ほんの一瞬だったのに、今までの思い出が走馬灯のように駆け巡ってきた。
「ごめんな、孫兵」
先輩は突然そういって、また僕の頭を撫でた。
相変わらず浮かべた笑顔は悲しそうだった。
「先輩に謝られるような事は何もありません。先輩と一緒に過ごせて本当に楽しかったです。ありがとうございました。」
まだ涙声だったけれど、先輩に笑顔を見せる事ができただろうか。

門のところまで手を繋いで歩いた。不思議な事に、誰にも会わなかった。
会話もなく、出来るだけゆっくりと歩いた。いっそ門なんて目の前に現れなければ良いのにと思った。
けれどもそんな願いはかなわない。
もう、お別れのとき。

「孫兵、ほんとに、ありがとな」
「こちらこそ、ありがとうございました」
そう最後の挨拶をして、手を離した。
「先輩、またいつか町ですれ違ったら、そのときは…」
「一緒にお茶でもしような」
やっと明るい笑顔が見れた。その顔を見て安心した僕もまた、きっと笑顔を浮かべているのだろう。

「それじゃあ、俺行くな」

先輩行かないで、心の奥の僕が叫んでいる。だけどそんな思いは表には出してはいけない。もう別れだとわかっているんだから。
「先輩、さようなら」
「またな」
搾り出した別れの挨拶への返答は意外なものだった。
もう会える保障などどこにもないというのに。さっきの話だって夢物語なのに。
「…はい、また」
先輩は最後にまたぽんぽんと僕の頭を撫で、とうとう背を向けて行ってしまった。



どこからくる自信だか分からないけれど、さっきまでは可能性などないと思っていたのに、
また会えるって信じてる
それは先輩がそう言ったから

次に会うときはもう恋仲ではないけれど、

僕は決して、



この背中は忘れない

(もう一度、笑顔の彼が見られますように)


―――――
なんだかんだで数年後に再会してより戻すとかでもいい



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