「蕎麦一つと、エリザベスも蕎麦でいいのか?」
「ウチはラーメン屋だよ」
そんな事を言いながらも蕎麦を当たり前のように出してくれる幾松殿。
最近ラーメンの味があがったと近所でも評判で、蕎麦も結構注文が入ると機嫌がいい。
――ガラガラ
「いらっしゃーい!あ、銀さんじゃない」
そして銀時は最近大きな報酬を得たとかで、北斗心軒にしょっちゅう来ている。
幾松殿の顔も心なしか喜んでいるように見えるし、何より気になるのは
「宇治銀時蕎麦」
「ないよ。そんな蕎麦」
そう言いながら当たり前のように宇治銀時蕎麦が出てき、銀時はがっついて食べ出した。
「銀時、お前いつからそんなモノを犬のように食べるようになった?」
味を想像するとむっと襲ってくる吐き気を抑えながら言うと、銀時は何も聞こえないふりをする。いや、本当に聞こえていないのではないか?
「銀時、おい!銀時!」
「うるせーよ!聞こえてるわ!この距離で聞こえない訳ねェだろ!」
「なんだ、本気で心配したぞ」
二つ席を開けた隣に座る銀時はめんどくさそうに頭をかき、また犬のようにがっつき始めた。
「アンタ達本当に小さい頃からの友達?仲が良いんだか、悪いんだか」
他の注文を作りながら幾松殿はくすくすと笑い、銀時を見る。あくまでも俺ではなく銀時に話しかけているらしい。
「リーダーと新八君はどうした」
次は返事をちゃんと貰うために大きい声で叫ぶ様に銀時に問いかける。
「うるさいよ!」
厨房から蓮華が飛んで来たが、銀時からの返事もやって来た。
「神楽何か外で食わせたら何日分の食費が飛んで行くと思ってんだ。新八が家で何か作ってやってるんじゃねェの」
視界の隅にくらい会話している相手を入れたらいいものの、銀時は相変わらず宇治銀時蕎麦しか見ていない。
昔っからコイツは人と会話をする気がないとみた。今更言う事でも無いだろう。
「あら、じゃあこないだは何で連れて来たの?新八君は眼鏡の子で、リーダーってあの女の子?」
受けた注文は全部出したのか幾松殿もカウンターに座る。俺から一つ空いた席に、銀時の隣に。
「そうそう。こないだは何か最近家で昼飯食わねェのは女が出来たからだーとか言って騒ぎ出してよ。だからココだって連れて来た訳。ホント思春期のガキは何かあったら女だ」
「銀時ィ!」
バンっと勢い良く立ち上がると、エリザベスもビックリし、銀時も幾松殿も唖然としている。
「幾松殿の事までたぶらかしおったか!お妙殿、さっさんだけでは飽き足りず……貴様は女の敵かァァァ!」
「俺がいつゴリラ女とドMをたぶらかしたァァァ!ドMに至っては最早不可抗力だろーがァァァ!」
「き、貴様一体女(オナゴ)を何だと思っている!そこになおれ!たたき斬ってくれるゥゥ!幾松殿、さがっていてく」
――ボカッ
かばおうと幾松殿を後ろにしようとすると、オタマで思いっきり後頭部を殴られた。何故俺が殴られなければならないんだ?
「幾松殿!この男は幾松殿以外にも多数の女性を」
「うるさいよ。客は他にもいるんだから。騒ぐなら外でやっとくれ」
何もいい返す言葉も思いつかず、銀時を横目に見てみると俺をじっと見つめているではないか。
「お、おま……銀時。気持ちは嬉しいが、俺は男には」
「おい、くだらねェ事言ってんな。それより今何時だ?」
どうやら好意を持って見つめていた訳ではないらしい。
幾松殿は……もう他の客との会話に夢中でこちらの事は気にも止めていないようだ。
「お前時計もよめなくなったのか?エリザベス、今何時だ」
そういうと銀時は華麗に右ストレートをきめて来た。まだまだ銀時の戦闘能力は侮れないな。
「お前がそこにいるから時計が見えないんだよ!何だもう2時過ぎてんじゃねェか」
2時に依頼人が万事屋に来んだよ。と残った蕎麦を一気にかきこむ。
「悪ィ、今日は汁残すわ。次は宇治銀時蕎麦メニュー入りな。ごちそうさん」
「いつも綺麗に飲んでくれてるんだからいいよいいよ!宇治銀時蕎麦も考えとくから。まいどあり」
代金を置き、銀時が勢い良く飛び出て行くと、つられる様に他の客も出て行った。残った客はエリザベスと俺だけ、か。
洗い物を始める幾松殿との間に会話はない。何か話そうと思うが、気の利いた話題も思いつかない。
「……宇治銀時蕎麦をメニューに入れるのか?あ、この蕎麦伸びているじゃないか」
幾松殿は水を止めゆっくり顔をこちらに向ける。
「蕎麦が伸びたのはアンタが箸動かさずに口ばっか動かしてたからでしょ。メニューに入れるかは考えるよ」
「……そうか」
"蕎麦"がメニューに書かれていた時、いい表し様のない気持ちで胸がいっぱいになったが、その気持ちを銀時も味わうのだろうか。
伸びた蕎麦を犬のようにがっつき、いつもは飲まない汁も最後まで綺麗に飲む。
「うむ。今日もうまかった」
器を幾松殿に差し出すと、目を丸くして驚いている。
「いつも汁なんか飲まないくせに。張り合っちゃって」
「何の話だ」
トントンと肩を叩かれエリザベスの方を見ると、『用を思い出したので先に出ます』と書かれている。
「ん?一緒に行けばいいじゃないか。そろそろ出るか」
そう言うとエリザベスは全身を使って拒否し、慌ただしく出て行ってしまった。
「気の使えるペットだね」
「俺のエリザベスだからな。……もう考えたか、メニュー」
幾松殿はため息をつくと、さっきは一つ開けた距離を縮め、自然に隣に座る。
「アンタが入れるなって言うなら入れないよ」
今日は汁も飲んでくれたしね。とつけ加えるように言い、嬉しそうに笑う。
「何がそんなに嬉しいんだ?」
尋ねると幾松殿は声をあげて笑いだし、腹を抱える。
「別に何にも嬉しくないよ!で、入れる?入れない?」
やっぱり何か嬉しそうだ。意味は分からないが、こんなに楽しそうな幾松殿をこの距離で見れているんだから、これはこれでいいか。
「あれはメニューとしてどうかと思うがな。一人の為というのは良くないだろう」
カウンターに肘をつき、下から俺を覗き込むようにする。
「蕎麦はアンタの為に入れたんだけど」
ニヤリと笑みを浮かべた幾松殿を見て分かった。本当に俺が入れるなと言ったら、入れないんだろう。
「宇治銀時蕎麦は、却下だ」
「はいよ」
次の日、メニューをチェックする為に北斗心軒に出向いたが、いつもと変わらないメニューが並び、ラーメン屋に似合わないメニューは"蕎麦"だけだった。
初めまして^^
話題書きからお邪魔させていただきました。
このSS、スッゴく良かったです><
桂幾の距離感がとーっても素敵でした。