僕は真剣に姉離れをしなくてはいけない時期が来たのかもしれない。
「銀さん。姉上がおめでたです」
いつものように万事屋のソファーで寝転び、ジャンプを顔にかけて眠っている銀さん。姉上の相手がこの天然パーマな訳はない。絶対ない。
銀さんはノロノロと起き上がり、頭をかいて伸びをする。キョロキョロと辺りを見、神楽ちゃんがいないと呟く。
「で、あんま目覚めのいい言葉じゃなかったんだけど、言葉選んでもっぺん言ってみろ」
「姉上が妊娠しました」
「んなバカなァァァァ!」
叫んで飛び蹴りをかまして来た銀さんは、顔を真っ青にして僕の胸ぐらを掴んで頭を振る。
「ふざけた事言ってんじゃねェェ!あんなゴリラ女の遺伝子を誰が何の為に?!つーか何でアイツが子供……って事ァ何だ。アイツと誰かが」
銀さんが僕が一番考えたくない事を口に出そうとした時。
「ほぅわっちゃァァァァッ!」
万事屋ヒロイン、神楽ちゃんが華麗に飛び回し蹴りで登場。銀さんは傘の銃口を口に入れられ、無抵抗を表す為に両手を倒れた状態で上にあげている。
「それ以上先の言葉は聞きたくないネ!アネゴの相手がアイツと思ったら…想像しただけで吐きそうアル」
オエっと嗚咽を漏らす神楽ちゃんを押し返し、立ち上がった銀さんはソファーの上に寝転び直す。
「お前達ちょっと落ち着けよ。勘違いっと事もあんだろ。大体なんでいきなり妊娠?確かにアイツの顔には何の問題もねェ。スタイルもちょっと俺としては物足りないが、ああいうのが好みの男はごまんと居る。だが!アイツに問題なのは性格。焼け過ぎる卵焼き。口より先に出る手足。いわゆる最強、凶悪の女だ」
人の姉上をどこまで言うのかとツッコミを入れようとも思ったが、思うだけで口が動かなかった。
「それにアイツは男を毛嫌いする節もある。よってお前ェ等の勘違いだ。アイツが男に腰振られて妊娠するなんかありえねェよ」
確かに。確かに銀さんの言う事に間違いはない。姉上は暴力的な所が目立つし、異性はゴミ以下と思ってそうな発言を繰り返している。
「あんな女を受け入れれるバカっつったら一人しかいねェ……いやいやいや。ないわ、さすがに姉上が受け入れる訳ないよね。新八君」
冷や汗を流して僕を見る銀さん。誰だか全く分かっていない僕にジェスチャーで教えてくれる。
ベロを上唇と歯の間に入れ、目をしかめ、ウホっと一言。
「居たァァ!近藤さんが居たァッ!いや、でも姉上が近藤さんを受け入れ……」
そういえば最近仕事帰りを近藤さんに良く送ってもらっていると言っていた。
そういえば最近家に帰ると近藤さんが居間で、普通に姉上と会話をしている事があった。
「きっと受け入れたネ。女はやっぱり愛されたい生き物アルからな。それに私アネゴに聞かれたネ」
「何を!早く言え!」
慌てる銀さんを他所に僕はどんどん落ち着きを取り戻していた。分かれば分かる程、最近の姉上の幸せそうな顔に理由がつく。
「そう急かすなヨ。だから銀ちゃんじゃなくてアネゴはあんな変態を選んだネ」
まだ万年金欠チン侍の方がいくらかマシだ。
そう思った僕はフラフラと銀さんの隣に座って神楽ちゃんの話を聞く。
「さっき定春の散歩の途中にアネゴに会ったヨ。そしたらね…」
――アネゴは何とバーゲンダッシュをおごってくれて、ちょっとベンチに座って話す事になったヨ。
『神楽ちゃんにとって定春君は家族構成で言うとどういう存在なのかしら?』
『んー…弟アルな!やっぱこんなにデッかくても、定春を守るのは私ネ!でも定春に"マミー"とか呼ばれたくないから、弟!』
『そう。じゃあ神楽ちゃんに妹が出来るわね』
そう言ってアネゴは私服を来たゴリラの所に小走りで行ってしまったヨ――
「こんな感じアル」
話し終わった後、銀さんは顔を真っ青にして固まり、僕はどう反応して良いのか分からず神楽ちゃんをずっと見る。
「一番不安なのは妊娠した本人ネ!お前達がそんなんでどうするアルか!定春、カツ入れるよろし」
「ワンッ」
定春の前右足ストレートを僕と銀さんの顔に入れるが、銀さんと僕は動かずに居た。
やっぱり近藤さんが見事に姉上の心を射止めたとしか思えない。
でも全く気づかなかった。近藤さんはいつの間に隠し事をする技術を身につけたんだろう。
「姉上は幸せ、なのかな」