あの日この手が掴んだものは、彼にとっても自分にとっても確かに“希望”で。


――思い出せ この手が 失っていたものを 君に出会ってから僕は…――


「ここに来るのも久しぶりだな、特に君は」

澄みきった青空をバックに、なびく金髪が眩しい。普段はまとめられているそれが自由に舞う姿に思わず目を細める。

「ええ、わたしは…そうですね、エドワード君に初めて会った時以来ですから」

久しぶりの休暇をこの街で過ごしたい、と彼女が言い出したのはとても意外に思えた。
事の発端はあのロックベルの女主人の、まるで近所の住人を誘うかのような夕食への招待だったのだが。

「それにしても…残念でしたね、エドワード君。また、」
「いいんだ、あれはああいう生き物だからね。でもせめて、首輪でも付けておけば良かったかな」

他愛ない冗談にくすくすと笑う彼女は、普段見る姿とはうってかわってすっかり女性のそれだ。
服装や髪型でこんなにも変わるものか…いや、この土地の持つ空気もあるのだろう。

「しかし…本当にいい所で育ったんだな、あの兄弟は」

見渡す限りのみどりに空の青。この景色の中を、心地よい風に吹かれ走ってゆく彼の姿が容易に浮かぶ。


自分は彼女を送ってきただけで、仕事を残してきたからすぐに戻らないと、と言うその口を紅茶と菓子で封じられ、可愛い可愛い恋人の弟の、それはもう可愛い可愛いおねだりに無理矢理椅子に縛り付けられた。

「だって、兄さんもたいさもちっとも帰ってきてくれないじゃない。久しぶりなんだから少しぐらい、ね」

全く誰に似たのやら…「いいでしょ?ちゅうい?」と、彼女にまで可愛いくおねだりをする始末。
普段なら厳しく私のスケジュール管理をする彼女も、オフだからかそれともおねだりに負けてか、苦笑しながらしばらくの滞在を許してくれた。
身体を取り戻したばかりのアルフォンスは、まだ魂が身体に馴染まないのか、動作も覚束無くほぼ室内で過ごしている。
そんな彼のためにと持ってきた数冊の本と中央の菓子店の土産には大層喜んでいたが、やはり兄の不在に浮かない顔だった。

「兄さん、このあいだ連絡があった時に、たいさとちゅういが来るって伝えたんだけど…」

俯く彼の髪を優しく撫でて気にするな、と伝えて椅子から立ち上がる。

「もう行っちゃうの?」
「ああ、済まないね。ちゅういを宜しく頼むよ」

違う階級になった今でも、彼は私たちの事を“たいさとちゅうい”と呼んでくれている。
当時の呼び名に思い入れがあるようで、もうすっかり渾名になってしまった。
彼の声で呼ばれるその言葉は、もう階級を指すそれではなく感じるから不思議なものだ。

「いってらっしゃい。またいつでも“帰って”きてね」
「ああ…いってきます」

ここが帰るべき場所だと、こんな自分にも帰る場所があると、そう言うかのように送り出してくれる彼の存在が本当に有難い。
一人で駅に向かう道すがら、ふいに口を突いて出たメロディは何の歌だったろうか。


ああ、これは…彼が――エドワードが、よく歌っていたラブソングだ。


話題:二次創作文