もう我慢も限界だ、今日言おう、絶対言おう、言ったからってどうなるわけでもないけど!


――シミュレーションなら完璧 心の準備 とっくにもう――


「や、鋼の…どうした、難しい顔をして」

いつもの執務室、いつものようにノックもしないですべり込む。と、迎える上司もいつも通り。
デスクに山積みの書類なんかには目もくれず、むしろ背を向けて熱心に窓枠を指でなぞる作業に没頭していた。つまりは…サボりだ。

「なにやってんだよ…さっき中尉に会ったら今日の大佐はお忙しいかも知れないわね、なんて言ってたぜ?」

この空間のあまりの緊張感の無さに、難しいと形容されたそれまでの表情を崩すと、ソファに深く腰掛けた。
大佐も窓から離れると隣に腰を下ろし、顔を覗き込んで話しかけてくる。

「退屈だったからね、気分転換だよ。根を詰めているばかりでは捗らないし、それに窓の外を眺めているといい事もある」
「いい事?なんだよ?」
「君とアルフォンスがやって来るのが見えたよ。久しぶりだね、おかえり」

そう言って幼くさえ見える顔で微笑んだ。本当にこの人は、いつだってどうしてか俺の欲しい言葉や表情をくれるんだ。
だからこんなの…本当に卑怯なんだ、俺が恋に落ちたとしたってしょうがないじゃないか!

「ほらまた…そんなに眉間に皺を寄せるんじゃないよ、癖になるだろう?」

また難しい顔をしていたらしい俺の眉間を、まるで猫にするみたいにゆるゆると指で撫でる。
本当に猫かなにかをあやしている程度のつもりなのかも知れない。でも俺はれっきとした人間で、しかも思春期で。
こういうちょっとしたスキンシップやなんかを過剰に意識したってしょうがないように出来ているのはわかってるはずだろ?

「あんたさ、こういうの…もしかしてわざとやってる?」

そう言うと、優しく細められていた目が見開かれて、きゅうっと瞳孔が縮まった。
なんて綺麗な瞳だろう。ああ、むしろこいつが猫だよな、しなやかで美しい、黒猫。

「それは…一体どういう意味かな、エドワード」

眉間から離れた指が左右のそれで組まれると、そこに顎を乗せてまた目を細めこちらを伺ってくる。

(って言うか、今、エドワード、って…!)
ただでさえ発する言葉のひとつひとつに翻弄されるばかりなのに、呼ばれ慣れないファーストネームで呼びかけられて。
もう、本当に限界だ。このままじゃ心臓が口から飛び出してしまうんじゃないかと思うほど鼓動が早い。
でもそれを悟られるのは俺のプライドが許さない。俺だって男だ、こんな時に余裕のひとつも見せられなくてどうするよ?
だから…俺はこいつみたいなやわらかい表情で、こいつみたいなあまい声で、そっとささやくように。

「なぁ、大佐。俺、あんたの事…


話題:二次創作文