なあ、俺はいつになったらあんたに追い付けるのかな?


――口の悪さや強がりは“精一杯"の証拠だって――


「次は、どこへ?」

旅立ちの前、いつものように挨拶に寄った執務室でローテーブル越しにマグカップを渡される。

「あ、ありがと。リゼンブールからまだ国境寄りの村。ファルマン准尉の紹介で、珍しい書物を集めてる学者に会える事になって」
「ほう、それは」
「でもとにかく本当に凄い量らしくってさ、その中から必要な文献を探すのにどんだけかかるか」

そこで言葉を切ると、まだ熱いマグカップに火傷しないよう注意深く口を付けた。
ほろ苦いけれど体の芯にじんわりと染みる心地好い温度に、今はまだ春とは名ばかりだな、と思う。

「じゃあ…次に戻ってこられる時にはもう夏になっているかも知れないな」
「え!?あ…そ、だな」

驚いて思わず目を上げると、向かいのソファで自分のカップに口を付けながら軽く目を伏せている大佐が目に入って、あわてて自分も視線を落とした。
マグカップの中でミルクの泡がぷつぷつと潰れて、より淡い色へと変化してゆくカプチーノ。

「その頃までには君もね、もう少し大人になってくれていると有難いのだが」
「なっ…もう子供じゃねーよ!」
「行く先々で騒動を起こされていたのでは私の出世にも響くからね」

くすくすと笑うその様子に、いつもの自分をからかう冗談だったと気付いて悔しくなる。
少佐相当の地位が与えられた国家錬金術師でも、周囲はやはりまだ子供としての扱いで。
悪気はないどころかむしろ好意的な意味でのその扱いを、甘受してしまう事もある。
それでもこういう暮らしをしている以上、一人前の大人として接して欲しい。
そんな自分の気持ちを、いつも誰よりも汲んでくれているのは――

「な、俺は、大人に…あんたに、」
「うん?どうしたね」

またそうやって大人の顔をして。俺には到底追いつく事ができないんだって思い知らされる。

「そぉーだなぁー、次に会う頃には大人になってるかも知んねーな!」
「それは見物だな」
「大佐の身長なんか追い越してさ、そしたら交替な、大佐が下!」
「楽しみにしていよう」

大人びたふりで言う冗談だって、からかうことなく受け流してくれて。
でもやっぱり少しだけ恥ずかしくて声が震えてしまったんじゃないかなんて心配になる。

「待っているから」
「え?なに、俺様が上になるのを?」
「ゆっくりでいい、焦らずに大人になりなさい。私はいつでもここにいるから」

冬に咲くその花が散ってしまっても。この先にどれだけの人と関わって行ったとしても。
真っ直ぐに俺を見つめてくるその視線は優しくて。けれど、さっきまでのそれとは違う色で。

「うん、待ってて。行ってきます」


話題:二次創作文