あの日、君の手を引き寄せていれば。その唇に触れる事を許されていれば。
そうすれば、こんな気持ちも生まれなかったのだろうか。


――嘆きのキスに気付いてただろう 知っていても認めたくない優しい目の奥――


冬の訪れを告げる季節の夕刻に、短時間とは言え戸外での立ち話の間にすっかり冷えきった身体を寄せてきた君の肩に顔を埋めた。
鼻先に触れる体温とにおい。忘れないように、消えてしまわないように、大きく息を吸い込んだ。
一度身体を離し、そして差し出した手をもしも君が握ったら、引き寄せて抱き締めて唇を重ねてしまおうと思った。
しかし君は、まるでそれがキスの代わりだと言うように、私の手に軽く触れて。

そうして私達は互いに別れを告げた。

誰よりも君の事を想い続ける事が、今の自分を支える糧になるなど、あの頃の自分からは考えられなかった。
変声期を迎える少し前の特徴のあるその声でわたしを呼んで、そして笑いかけていた。
君の想い出は今も星のように輝きながら、しかし夢のように儚い。

視力を失った左目から見えない涙が落ちる音が聞こえて、逢いたいと胸が泣いた。
今、君の空は晴れだろうか、曇りだろうか。それとも私の降らせる涙雨か。

君が最後に私の手のひらに触れた、まるで嘆きのようなキスを胸に私は生きてゆこう。そしてまた、いつか――


話題:二次創作文