衣擦れの音で寝返りに気付いて本から目を上げると、隣で眠る子供の顔を伺った。
長い前髪に隠された目元には、完全には消える事のない隈がまだうっすらと残って。


――悪夢まがいの現実の中で 夢を見られるなら――


魂の錬成を行った際に自分と弟との精神が混線してしまい、何処かに在る弟の肉体と栄養分や睡眠を共有しているようだ、と少し前に聞いた。
確かに彼は、いくら成長期と言えどもその小柄な身体に見合わぬ程に大食漢で、よく居眠りもしてはいる。
が、食事に関してはともかく、多少の居眠り程度ではふたり分の睡眠時間は到底補えないだろう。
なにより、常日頃国中を飛び回り、暇さえあれば図書館や資料室に入り浸る彼は、一分一秒をも無駄にすまいと睡眠時間を削る傾向にある。
そのように、きちんとベッドで眠ろうとしないので、結果として居眠りが増えている、と言うだけの話だ。

そんな事をしていたのでは身体を壊してしまうと、自分の傍にいる間ぐらいは無理矢理にでもベッドで寝かし付けるようにしている。
――勿論、同じベッドで寝ているのはそれだけが理由ではないから、なのだが。


情事の後のべたつく身体をそのままに、それでも心地よい疲労感に眠りに落ちたのだろう。
規則正しい寝息に安心してまた視線を手元の本に戻しかけた時、視界の端に金色が揺れた。

「…た、いさ…?あれ、おれねてた?」
「ああ、少しだけね。朝までまだある、ゆっくり休むといい」
「ん、や、おきる」

うつ伏せになった姿勢のまま、上掛けから差し出した左手で私の背中をするりと撫でると、身体を寄せてきた。

「ね、もっかいしよ」
「…帰ってきたばかりで疲れていたんじゃなかったのかい?」
「んー、でもだってこういうのってさ、むしろ疲れてる時の方が…それに」
「それに?」

「眠ると夢を見る、から」

ただでさえ悪夢のような現実を見てきた子供は、眠りの中にもまた悪夢を見ると言うのだ。
今までにも幾度か、魘されていたり、冷や汗でびしょ濡れになって飛び起きたりする事があった。
夢の中で自分の、自分達の犯した罪を繰り返し、そうして縛られ背負った十字架の重さを思い知らされるのだろう。

「忘れさせてよ、今だけでも、夜明けまで…まだ」
「エドワード…大丈夫、大丈夫だから、」
「おれをからっぽにして、それで、ねえ…あんたが夢を見せてよ」


読みかけの本はいつの間にか取り上げられ、ベッドサイドの灯りは落とされた。
深い闇の中で、眇められた彼の瞳だけが光って見えて、それがとても綺麗だと思った。

まだ、夜は明けない。


話題:二次創作文