幸せ、だなんて今の自分には与えられるべきものじゃない。なのに確かにそれがもたらされる瞬間はあって。
だけどなんだか癪だから、そんなこと絶対に言ってやらないけど。


――立ち止まれば それまで 僕が終わる印 One Life――


昼下がりの閲覧室、昼食後の満腹感に自然と重くなる瞼に、ページを捲る手が止まりがちになる。
少し気分転換でもしようと、栞を挟んで本を閉じ、顔を上げる。と、その時になって初めてそこに弟の姿が無い事に気付いた。

「声を掛けたのに気付かなかったから。ハボック少尉にお手伝いに呼ばれたので行ってきます。」

そう書かれたメモを手元に見付けると、返事のない自分に困った様子で声を掛けていたのであろう、弟の姿を想像して苦笑した。
伸びをして凝り固まった体を解しながら見回したこの部屋は、普段は閉鎖されていて勿論今も他に人影は無い。
締め切られた部屋には黴とも埃とも付かない匂いが充満していたが、この部屋に慣れ親しんだエドワードはその匂いにすら落ち着きを感じた。

本棚と、資料を広げるための広い天板の机で構成された閲覧室には、しかしそこに無関係な家具もあった。
窓際に置かれた二人掛けのソファーは、どこかの部屋で不要になってここに追いやられた物だろう。少し傷み、埃にまみれていだか、この部屋に不釣り合いな豪奢な佇まいで。
その窓に本の日焼けを防ぐ為だけに吊るさられた、それ自身が余す所なく日に焼けた質素な象牙色のカーテンとあまりに対照的で、ちぐはぐな様相を成していた。
気分転換はしたいが部屋から出てどこかに行くのも億劫だし、そこに少し寝転がろうと窓際に向かう。

本当に集中していたのだろう、弟の声どころか、不覚にもこの部屋への侵入者にすら気付かなかったようだ。


大人には狭いそのソファーの肘掛けから軍靴をはみ出させ、寝転がるロイの顔の上に伏せられたペーパーバックを取り上げる。
眠っていた様子は無いが、軽く閉じられていた瞼をゆっくりと開きながら上体を起こす、その姿が何故だか綺麗に見えて、まるで夢のようだ、と思った。

「やっと気付いてくれたね」

夢のような情景に、おいで、と言いながら伸ばされたロイの手に素直に指を絡めると、軽く引き寄せられてソファーの前に跪く。
間近に見るその瞳は優しく、それなのに熱を含んで濡れていて。ロイは握ったエドワードの指に軽く唇を落とした。

「あんた…さ、なに、やってんの。こんなとこで」

唇と瞳の熱によって掻き乱される思考。引き寄せられ凭れかかると、シャツの裾を握り締め胸元に鼻先を擦り付けながら辿々しく言葉を繋いだ。
胸に抱いたエドワードの頭をやさしく撫でながら髪を結わえていた紐を解くと、金色の長い髪がロイの指を滑る。


話題:二次創作文