朝、目覚まし時計の電池が切れていて、五時三十分に目指しのベルが鳴らなかった。
いつもより少し長いこととろとろと微睡み、そろそろ鳴るはずのベルがいつまで経ってもジリとも言わないのをおかしく思って薄目を開けて時計を見ると針は二時を指していた。
「おやまあ」
のりこさんはそう言って、のそりと起き上がり、まずは一つ伸びをした。
それから寝間着にしている着心地のいい薄桃色のワンピースを脱いで下着だけになると小さくあくびをしながらリビングまで裸足で歩き、黒電話の受話器を取り上げた。
ほっそりとした指を回転式ダイヤルの穴に差し込み、じゃっ、じゃっ、と音をさせてダイヤルを回す。
「もしもし」
電話の向こうでは毎朝一番に出社するおじいさんのような男性社員が同じように「もしもし」と言った。
「すみません、私黒澤ですけれど、体調が優れませんので本日はお休みさせていただきます」
はあ、と返事のような、または相槌のような、もしくは呼吸のような声がして
「お大事に」
男は言うべき言葉を思い付いたようにやけにくっきりとした口調でそう述べた。
ありがとうございます。のりこさんはそうお礼を告げてゆっくりと受話器を下ろした。
チン、と軽い音がして、それから部屋の中はとても静かになった。

のりこさんの少し憂鬱な一日はこうして始まった。

みじかいの